映画『尾崎豊を探して』を観て

 

新年一発目に見た映画は『尾崎豊を探して』

2020年1月3日~16日までの2週間の上映で最終日の16日に観てきた。

 

尾崎豊がデビューしたころ僕は中学生で学校はその当時はどこもといっていいほど荒れていた。僕が通っていた中学校もまあまあといっていいかな、荒れていた。

当時の学生は心のよりどころとして尾崎の曲を聞いていた人もいるが、でも僕が当時主に聞いていた音楽は『THE BLUE HEARTS』だった。

尾崎豊とブルーハーツを一言でいうと、尾崎は『破壊』でブルーハーツは『爆発』だと僕は思う。

尾崎豊の詩を聞くと愛だとか友情をテーマにした曲だけど何かを壊しているように聞こえる。哲学かな?そう哲学を語っているように感じて当時はそれが自分にとっては何か重たかったのかもしれない。それに、アップテンポな曲でも何か暗さを感じた。

ブルーハーツの詩も恋だとか愛だとか友情だとかを歌っているけど、何か心の中にあるもやもやを明るく爽快に吹き飛ばしてくれた。

高校生になった僕は中華料理屋で皿洗いのバイトを始めるが、高校からバイト先に行く途中にこじゃれた喫茶店があってそこでコーヒーを飲んでからバイトに行っていた時があって、その喫茶店で尾崎豊の「アイラブユー」とブルーハーツの「ラブレター」のプロモーションビデオ、今でいうミュージックビデオを流していたのを覚えている。

 

何故?こんな僕がこの映画を観たかというと・・・

高校を卒業し社会人になって聞く曲も変わって様々なジャンルの曲を聞くようになり・・・、いいかげんいいおっさんになった時、たまたまYouTubeで尾崎豊のライブ映像を見た。関連動画で尾崎豊がインタビューを受けている動画や亡くなった後の追悼特番などあったので時間を忘れて順番に見ていった。

学生時代はそんなに興味がなかったというか、今思えば尾崎の哲学を理解できなかったのかもしれない。生きるということ、そう彼は生きるということに全身全霊をついやした。愛だとか友情だとかを歌っているがテーマの根源には生きるということ、なぜ生きているのか?何のために生きているのか?を彼は追い求めたのではないだろうか。悩みもがき苦しみながら彼はあの時代を駆け抜けた。

ただ当時の僕にはそれが分からなかった。いい年になったおっさんになってようやくわかったのか?と笑われてもしょうがないが・・・

 

尾崎豊は1992年4月25日に26歳の若さで亡くなった。活動期間8年5か月公式に発表した楽曲は71曲。あまりにも短すぎる生涯だ。いつの時代も天才は短命なのか?

 

人の人生にタラレバなどないだろうが尾崎が令和のこの時代に生きていたらどんな詩を書くのだろうか?

この令和という時代をどう思うのだろうか?

 

何かそんなことを考えながらこの映画を観た。

 

 

 

 

尾崎豊、彼が発する言葉一つ一つは歌にしても、ライブ中のMCにしても、インタビューの語りにしても一言一句にちゃんと意味があって胸を揺さぶるものがある。上映中僕はほぼ泣いていた。

尾崎をプロデュースした音楽プロデューサーの須藤さんは尾崎のことを詩人の中原中也、石川啄木、萩原朔太郎のように自分の中にある泥の付いたマグマ、泥の付いたままきれいじゃないまま吐き出す人だという。僕は彼に出会ってからそこに惹かれたともいう。そういう意味では尾崎はいい人に見出されたのかもしれない。

 

 

 

『尾崎豊を探して』というタイトルの映画、

どの映画もそうだろうけどこの映画もいろんな世代の人が観るだろう。同年代に生きていても生まれた場所育った環境が違うからそれぞれの価値観があるだろう。この映画を観て尾崎の存在を知る人もいるかもしれないだろう・・・。

 

観終わっても探し物は見つからなかったが、尾崎豊という人間が実際に生きていて、今を生きている私たちに問いかけているのは確かだ。