【知識】『国盗り物語』以外にもある明智光秀が登場する司馬遼太郎傑作本!

 

司馬遼太郎さんの作品で明智光秀が登場する小説で真っ先に思いつくのは国盗り物語ですが、

 

その他にも光秀が登場する小説、エッセイがありますので紹介しますネ。

 

 

国盗り物語

 

<あらすじ>

戦国物の大定番、大傑作と言える一作。戦国の梟雄斎藤道三と、その娘婿であり天下布武を目指した織田信長から成る。

世は戦国の初頭、京の学僧から還俗した松波庄九郎は、油問屋の女主人お万阿の婿となり乗っ取る。そして、庄九郎は国盗りに乗り出し、策謀の限りを尽くし、美濃一国を乗っ取るのである。

続く織田信長編では、道三の娘濃姫の婿で道三の哲学の後継者信長と道三の手元で生い立つ明智光秀という二人の弟子の劇的な運命が描かれている。

 

 

尻啖え孫市

 

<あらすじ>

戦国時代の鉄砲集団、紀州雑賀党の頭目、雑賀孫市の痛快な半生が描かれている。
元亀元年(1570)、雑賀孫市は京で見た女が織田家の姫だと知り、もらい受けに来たと孫市は言う。だが、そんな姫は存在しない。木下藤吉郎は雑賀党を織田家に引き込もうとする。やがて二人は互いを認め合うのだが、孫市は故郷の雑賀庄に帰ってしまう。
その後、孫市は堺の鉄砲鍛冶師の娘、小みちに惚れてしまう。小みちが浄土真宗の信徒だった縁もあり、孫市は織田家と本願寺の戦に巻き込まれてしまう。が、信長が、本能寺で明智光秀に暗殺される。宿敵の死にあ然とした孫市は堺で隠居をするのだが・・・。

 

 

新史太閤記

 

<あらすじ>

尾張の萱津村に笑うと猿のような面構えをした小僧がいる。小僧は織田信長の草履取りとなり、信長に気に入られ木下藤吉郎の名を貰う。藤吉郎は信長の指令に忠実に答え力をつけていく。
そして、毛利攻めの時に、明智光秀が本能寺で信長様を討ったと聞き、中国大返しの荒業を遂行するのだった。

 

 

夏草の賦

 

<あらすじ>

岐阜城下に美貌の誉高い娘がいた。名前を菜々と言う。その菜々を嫁にしたいと、明智光秀経由で申し込んできたのが、土佐の長宗我部元親だった元親は四国の土佐の雄だった。この時代、土佐は鬼国ともいわれるところだったが、菜々はひるむことなく嫁いだ。

その後、元親は土佐西部の安芸国虎を調略、土佐東部の一条家も攻撃し、土佐のほぼ全土を手にした。これが、面白くなかった信長はいよいよ決戦かと思案していたころ、光秀が本願寺で信長を討った。代わりに政権を取った秀吉は勢いがあり、あっという間に元親の土佐を吞み込んでしまう・・・。

 

 

覇王の家

 

<あらすじ>

戦国の世。奥三河の山の中、岡崎松平家の九代目として生まれた竹千代。後の徳川家康は、三歳の時に母と生き別れ、六歳の時に三河を離れて尾張の織田家、駿河の今川家で人質として幼少期を過ごした。その間に父を亡くして本国に不在のまま松平家の当主になった。
永禄三年(1560)に、織田信長が桶狭間で今川義元をうち破った。こうして家康は父祖父以来の岡崎城主となり、織田家と同盟を結んだのだった。
だが、天正十年(1582)に明智光秀の謀反により本能寺にて信長がこの世を去る。家康の運命もこの変により劇的に変わっていいくのである。

 

 

 

播磨灘物語

 

<あらすじ>

信長、秀吉の参謀を務めた黒田官兵衛の生涯を描いた作品。
播磨の小野寺家の家老をつとめていた官兵衛は織田信長の存在を知り、その価値観に驚かされる。やがて、秀吉とも出会う。

その後、荒木村重が突然織田信長に反旗を翻した。村重を説得しに行った官兵衛だったが、捕らえられ獄中に一年入ることになる。救い出された官兵衛だったが、髪は抜け、足は痛め別人のような容貌になっていた。

牢から救出された官兵衛は、秀吉の幕僚として影から指揮をする。そして、天正十年(1582)六月二日、織田信長が明智光秀の謀反に遭遇。秀吉は官兵衛の助言を入れつつ中国大返しを決行するのだった・・・。

 

 

果心居士の幻術

 

<あらすじ>

天正五年(1577)七月、大和葛城山のふもとの村で、武士八人が首だけを残し殺害された。果心居士の仕業である。武士たちは筒井順慶に連なるものたちだった。順慶は、果心居士が身を寄せる松永弾正が謀反を企てていると織田信長に知らせた。弾正は信長に反旗を翻したが、順慶に攻められ死亡する。
天正九年(1581)、果心居士は信長による伊賀掃滅作戦で追われたが、その時は順慶に頼みからくも脱出した。
天正十年(1582)、信長が明智光秀の謀反により死亡した後、織田方につくか明智光秀につくか、順慶は果心居士に占わせた。果心居士が出した答えとは・・・。

 

 

胡桃に酒(故郷忘じがたく候に収録)

 

<あらすじ>

切支丹名をとりガラシャ夫人として知られる細川たまは明智光秀の三女。十六歳で細川幽斎の長子、忠興に嫁ぐ。その美貌は日本国中に響き渡っていた。
父、明智光秀が織田信長に反逆。忠興は光秀からの再三の誘いを断り、秀吉側につき、たまを幽閉した。我が身の不幸を感じたたまはキリスト教の洗礼を受ける・・・。

 

 

余話として

 

<エッセイ>

司馬さんが小説の構想を考えている時に頭の中に浮かぶ無駄話を集め、舞台裏から歴史の奥深さを楽しむことが出来る一冊。
明智光秀のことを語っているのは話のくずかごの謀殺の章で、織田信長から丹波と丹後攻めを命じられた明智光秀戦いは六年にも及び、その間信長からはやかましく督促され、戦国期にはまれな教養人であった光秀も、次第に手段を選ばない攻略を用いるようになり謀殺による謀殺を繰り返し、光秀自身も疲弊し傷ついていった・・・。光秀の苦悩が垣間見れるお話。

 

 

春灯雑記

 

<エッセイ>

歴史上の出来事を春の灯に例えて綴ったエッセイ集。
護貞氏の話-肥後細川家のことどもの章で、東条英機の暗殺画策の一役を担った細川家第17代当主細川護貞氏の先祖として、戦国期に爆発を起こした明智光秀のことを語っている。細川護貞氏の子供が第79代内閣総理大臣細川護熙。