【門司のお寺】戸上神社の横にあるお堂『満隆寺』と弘法大師

戸上神社横にひっそりと佇むお堂

 

戸上神社の参道の横に整備された小径があります。

この小径を進んでゆくと、

 

 

金剛力士像が対峙し、階段を下ってゆくと小さなお堂が建っています。

 

 

瓦ぶき屋根のちいさなお堂が2棟並んで建っています。

 

 

左のお堂の正面の軒瓦下に『満隆寺』と書かれています。

 

 

 

満隆寺と弘法大師と関門海峡

 

縁起によれば、弘法大師が平城天皇の大同元年(806)唐より帰朝の折、関門海峡をご通過時。

 

 

船中より戸上山を仰ぎ当地に下船してこの霊峰に登り密法を修め、山麓に一宇を建立し、随身供養の観音像を安置されたのが満隆寺の起源だとされています。

 

 

 

弘法大師は延暦23年(804)に第18次遣唐使として、最澄や橘逸勢、後に中国で三蔵法師の称号を贈られる霊仙らとともに唐に渡っています。

 

弘法大師は唐で2年間密教を学び、唐から京への帰路の途中、関門海峡を通過するときに戸上山を仰ぎ見て何かを感じ、この霊峰戸上山に登り密法を修めました。

 

弘法大師が戸上山に密教を修めたこの時代から約80~90年後の宇多天皇寛平年間(889-897)には、

霊峰戸上山上三柱の大神を奉祀したことで戸上神社がはじまったとされています。

 

江戸時代には修験道の寺であったが、明治の神仏分離の制度により

現在ではこのお堂のみがその歴史を伝えています。

 

 

 

 

 

アクセス

 

満隆寺地図(googleマップ活用)