司馬遼太郎の『国盗り物語』斎藤道三編を読み解く③~運さだめ~

斎藤道三 前編 運さだめの章-あらすじ

 

庄九郎は奈良屋の隊商800人を率いてゆく護衛隊長になった。

 

永正14年(1517)夏が過ぎようとしている頃、備前へ向かって京を出立した。

 

山崎八幡宮で許可証代わりの八幡大菩薩の旗と関所手形をもらった。

 

 

摂津郡山→摂津西宮→摂津兵庫→播州明石と宿泊し進んで行く。

 

 

備前国境の山岳地帯にさしかかろうとするとき、

 

有年峠(うねとうげ)の山砦で有年備中守と申す小名が荷駄の金銀永楽銭を奪い取る計画をしているという。

 

 

庄九郎は、「油屋が、賊になるのさ」といい、奇策で合戦を挑む。

 

俺には、天稟の武略があると、この合戦に自分の一生を占うのであった・・・。

 

 

司馬さんの余談

 

司馬さんはこの章で山崎八幡宮離宮八幡宮)について司馬さん独特の余談だが、と言う形で説明しています。

 

一部略抜粋させてもらうと、

現在も、山崎八幡宮(離宮八幡宮)は、東海道線京都・大阪間の「山崎駅」西裏にある。-(略)-神官は、庄九郎の時とおなじ津田氏の世襲で、当主津田定房氏は四十六代目である。
-(略)-おもしろいことに、東京油問屋市場、吉原製油、味の素、昭和産業といった全国の食品油の会社、組合が、いまなお氏子になっている。
(国盗り物語 斎藤道三前編 運さだめより略抜粋引用)

※『国盗り物語』の初出は昭和38年8月~昭和41年6月です。

 

庄九郎のこの時代は、山崎八幡宮が荏胡麻油の専売権をもっており、神社には神人(寺の僧兵にあたるもの)が数百人もおり、勝手に油を売るものがいれば、遠国までも押しかけ店を壊していたそうです。

 

物語の中で突然、余談だが・・・、と言って割り込んできて、説明してくれる司馬さん独特のスタイル。

 

これも司馬小説の魅力の一つですね!

 

 

国盗り物語紀行

 

離宮八幡宮

石清水八幡宮の元社にあたる神社です。

<祭神>

  • 主殿:八幡大神(応神天皇、神功皇后)
  • 相殿:酒解大神(さかとけのおおかみ)、比売三神(ひめさんしん)

<由緒>

  • 貞観元年(859年)に清和天皇が、神託により国家安泰のため宇佐神宮から分霊し平安京の守護神として奉安
  • その地より石清水の湧いたのを天皇に奏上したところ、国家鎮護のため清和天皇の勅命により石清水八幡宮が建立
  • その後、嵯峨天皇の離宮「河陽(かや)離宮」跡であったので社名を離宮八幡宮とした。
  • 貞観年間に神官が神示を受けて「長木」を発明し荏胡麻(えごま)油の製造が始まったことから、日本における製油発祥地とされています。
  • 大山崎油座」の制度で荏胡麻油の販売権を独占

離宮八幡宮の地図(googleマップ活用)

離宮八幡宮(googleアース活用)

国盗り物語 斎藤道三編

開運の夜 後の斎藤道三、松波庄九郎は妙覚寺を飛び出したが、乞食に成り下がっている・・・
奈良屋のお万阿 庄九郎は、青烏帽子の源八を討ったといって奈良屋を訪れるが・・・
運さだめ 奈良屋の護衛隊長になった庄九郎、荷駄を備前まで運ぶのだが・・・
小宰相 庄九郎は有年備中守の館に火を放とうとするがそこである女と遭遇するのであった・・・
京へ帰る 荏胡麻の買い付けをしながらも庄九郎は備前一国を盗れないだろうかと形勢を調べる。
淫楽~兵法者 奈良屋の主お万阿は松波庄九郎に会いに有馬温泉を訪れる。
お万阿悩乱~奈良屋の主人 庄九郎はついに万阿を抱き、奈良屋の主人になったのだが・・・
奈良屋消滅~美濃へ 庄九郎は名実ともに奈良屋を盗り、そこから一国を盗るべく美濃へ出立する。
常在寺~朱唇 庄九郎は美濃国に入り、常在寺の日護上人と兄の長井利隆に会う。
深芳野、西村勘九郎 長井利隆に同行し庄九郎は土岐頼芸に会う。名を西村勘九郎とする。土岐頼芸の愛妾深芳野も登場する。
京の夢、お万阿問答 一旦京の山崎屋に戻った庄九郎。庄九郎とお万阿の掛け合いがコミカルに描かれている。
槍術「一文銭」,槍、 槍 西村勘九郎が法蓮房時代より独学で学んだ槍術で名声を上げようとする。
水馬、林の中で 西村勘九郎はひょんなことから深芳野に接近する・・・
天沢履、虎の瞳、深芳野を奪る 勘九郎は得意の槍を使い頼芸と賭けをする・・・
川手城、火炎剣 土岐頼芸の使いで川手城を訪れる西村勘九郎。帰路で闇討ちにあうが・・・
那那姫 西村勘九郎は守護が住まう城を落とすために東奔西走する。
府城乗っ取り、大狂言 西村勘九郎率いる軍勢が守護・土岐政頼が住まう川手城を乗っ取りに向かう。