目標1をクリアする為に動く!「国盗り物語」斎藤道三後編を読み解く⑱

 

司馬遼太郎さんの『国盗り物語』 斎藤道三 後編 女買い、夕月、香子、小倉山問答の章では、

 

長井新九郎利政(後の斎藤道三)が守護・土岐頼芸の為に内親王を美濃へと誘う場面までが描かれています。

 

司馬さんの読者への問いかけからの余談も解説していますよ。

 

斎藤道三 後編 女買い、夕月、香子、小倉山問答ーあらすじ

 

女買い

守護・土岐頼芸が住まう川手城につぐ加納城主にまでのぼりつめ長井新九郎利政と名のるようになった後の斎藤道三。

利政は目標を二つたてた。

目標

  1. 美濃八千騎の慰撫(なだめておだやかにすること)
  2. 守護・土岐頼芸をさらに濃厚に手中にする

目標1の美濃八千騎の慰撫は、美濃の地侍たちはよそから来た者への敵対心がある。まず、それを沈めないといけない。だが、利政自身にまだそれを沈めるだけの権威が無い。

美濃の地侍たちを治める策としては守護職の土岐頼芸の権威を利用するしか手立てが無かった。鎌倉以来から地に住む豪族たちは守護の一族だから、頼芸には逆らえない。

目標2頼芸を手中にするには女であると、利政はすぐに思いついた。頼芸は守護になったとたんにひどく好色になったのだ。しかも天子の内親王(皇族女子の身位または称号)が欲しいと言う。

京に目ぼしい内親王がおられるとの知らせがあり利政は京へとのぼった。

 

夕 月

香子(よしこ)という内親王が嵯峨野に住んでいる。香子は先帝の御たねであるが母は宮中の雑仕女だった。が故にその身を人目から遠ざけ嵯峨野の小倉山のふもとにわび住まいをしているのだ。

香子内親王は仏門に入ろうとした経緯があり、世に出ようとはしない。

利政は香子内親王が住まう嵯峨野まで赴き住まいを見たが愕然とした。屋根から雑草が生えているような古びた庵だったのだ。

利政は里人に五貫文あるであろう永楽銭を与えて、この庵に米・魚などの食料を持っていくようにと頼んだ。そして、自分の名を伝え歌一首をしたため里人に渡し高政は山崎屋へと戻った。

翌日、香子内親王が住まう庵には米が運び込まれたり、屋根の雑草を抜くものがあった。

 

香 子

利政は嵯峨野を訪れた翌々日に香子内親王が住まう庵を直接訪ねたが、その日は金銀の袋を置き帰った。

翌日、庄九郎は庵を訪ね香子を屋外に誘った。そこには茶道具が用意されており、利政が亭主となり香子をもてなした。

 

小倉山問答

 

亭主となり香子ををもてなしている利政は、粗餐ではござりますると言いながら、饗膳をふるまった。酒も入り、芸を見せましょうと利政は敦盛を舞った。利政の舞が終わった後、香子も舞いましょうと曲舞を舞った。

嵯峨野を照らす月を見て、あの月は美濃も照らしまする。ともに美濃へまいりましょうと言うと香子はうなずいた。

読者への問いかけからの余談

 

司馬さんは女買いの章で利政が目標1に掲げている美濃国の地侍たちをまとめる手段として守護の権力で治めるしか手立てがないという理由を読者への問いかけと得意?の余談で記述している。

美濃の地侍たちは鎌倉以来この地で代々根付いている守護である土岐家の一門、一族、姻戚、遠縁関係にあたるものたちばかりで、守護を頭に巨大な血族団体になっている。

 

読者への問いかけ

当時の地侍の守護への気持ちは信仰といっていいほどで、この信仰がわからなければ守護職という地位のありがたさが読者にはわかりづらいだろう。

 

余談での説明

守護職は、成り上がり大名と違い血族の神なのだ。この頃の日本民族、特に武士は氏族社会の連合体だった。

余談だが、日本の治乱興亡を通じて、なぜ天皇家が生き残ってきたかといえば、この血族信仰のおかげである。

(『国盗り物語』斎藤道三編 後編 女買いの章 より引用)

氏族の頂点に天皇家がある。土岐家は源氏で、その遠祖は源義家である、さらにさかのぼると清和天皇から出ているとされる。

当時の土民から武士の遠祖は四姓(源氏・平氏・藤原氏・橘氏)のいずれかであると称した。たとえば利政は藤原氏から出ていると称し、織田信長は初めは藤原氏と称していたが後に平氏に変えている。徳川家康は源氏と称した。

それら日本人の氏の総長者、血族信仰総本尊が天皇なのである。だからその存在が神聖とされ、いかなるものもこの存在を否定することができなかった。

それの地方規模が守護であり美濃では土岐家なのである。頼芸美濃氏族団の小天皇であり犯すべからざる神聖なのです。

 

後年、利政は頼芸を追放するのですが、この時は氏族社会の連合体という社会システムを利用して、美濃国における自分の地位の確立を図ろうとしたことが司馬さんの問いかけと余談から読み解けますね!

 

利政は頼芸の権威を後ろ盾にするためには、まず頼芸の希望するものを与えて機嫌を取る必要があった。そこで利政は頼芸が欲しがっている内親王を求めて京まで行ったんですね。その過程を司馬さんは女買い~小倉山問答の4章を費やして描いています。利政と香子の掛け合いが小倉山問答では幻想的に描かれています。