【大河ドラマ】帝より天下静謐執行権を得ていざ越前へ、麒麟がくる30話

光秀は京から美濃へと向かった

 

美濃では帰蝶・家族との再会もあり懐かしんだ

 

信長は朝倉攻めを迷っている、この戦には大義名分がない

 

その大義名分を得るために信長は帝への拝謁を決意する・・・

 

 

(本能寺の変まで 12年)

 

あらすじ-主な場面展開、ネタバレ

  1.  二条城 : 光秀と藤吉郎の朝倉攻めの考え。駒と将軍。
  2.  岐阜城 : 光秀、帰蝶・家族との再会。信長、帝への拝謁を決意。
  3.  京 内裏 : 帝、信長に戦の勅命を下す。
  4.  二条城 : 光秀、幕府に戦の要請をする。
  5.  妙覚寺 : 織田軍、越前へ出陣。

 

永禄12年(1569)夏

① 二条城

光秀(長谷川博己)は美濃へ行く支度をしている。そこへ木下藤吉郎(佐々木蔵之介)がやって来た。藤吉郎は「道中で食べてくだされ」とねね手作りの強飯、ごぼうとタコの煮物を光秀に渡した。こういった気配りの利くところが藤吉郎らしい。

藤吉郎は朝倉家を倒さないと幕府は変わらないと言うが、10年あまり朝倉家で世話になっていた光秀は戦には相当な兵と銭がないと朝倉は倒せないと言い美濃に向かった。

 

駒(門脇麦)が将軍・足利義昭(滝藤賢一)に銭を献上しに来た。駒は義昭が構想する悲田院のような館の実現への手助けをしたいのだ。駒がつくっている薬がすこぶるよく効くと人気で最近では堺の町でも売り儲けている。民の暮らしを心配する心優しい性格の義昭は駒といると心が落ち着くようだ。

 

② 岐阜城

光秀美濃に到着する。信長が名物狩りをした茶器の値踏みを松永久秀(吉田剛太郎)がしている。ざっと8,000貫はある。これらの茶器は戦で功を上げた家臣に恩賞として与えるためのものだ。

信長との話が終わった三淵(谷原章介)が言う「信長様は朝倉と一戦交えたい」と、だが戦には大義名分が必要なのだがこの戦にはそれがない。

 

光秀は9年ぶりに帰蝶(川口春奈)と再会する。奇妙丸(のちの織田信忠)もすっかり大きくなっていた。朝倉攻めを迷っている信長の気持ちを思い帰蝶の表情は暗いようだ。

信長は考えた。朝倉との戦が天下を治めるのに避けては通れぬ戦だと帝が認めれば大義名分がたつと、そうすれば諸国の大名も納得し兵も集まる。

信長は帝への拝謁を決意する。

光秀は久々に家族とも再会をししばしだんらんの一時を楽しむ。

 

永禄13年(1570)2月

③ 京 内裏

信長は上洛し帝・正親天皇(坂東玉三郎)に拝謁した。信長は昇殿を許される身分ではなかったが帝が破格の扱いをしたのである。

今川義元との戦・美濃との戦・将軍を擁しての上洛など武勇の誉れ、当代一の武将だと信長のことを褒めたたえた。

そして、天下が穏やかになるための戦であるならまやむなしと勅命を下した。

 

④ 二条城 

光秀は信長の使者として義昭と摂津(片岡鶴太郎)三淵に伝えた。幕府も総出で今回の戦に加わるようにと。

だが、摂津がは京を一歩たりとも出る気はないと言い放つ。三淵も今回の戦は気が乗らないと消極的だった。

 

永禄13年(1570)4月

④ 妙覚寺 

織田信長は諸国の兵を従え朝倉義景の待ち受ける越前を目指したのである。

 

30話のポイント

  1.  帝が織田信長に戦の勅命を下す
  2.  織田信長、妙覚寺から越前へ出陣

① 帝が織田信長に戦の勅命を下す

ドラマではセリフはありませんでしたが信長が正装をして帝・正親天皇に拝謁するシーンが描かれていました。

拝謁後に信長が光秀から「どうでしたか?」と問われ、信長の武勇を褒めたたえた帝は天下が穏やかになるための戦であるならまやむなしと勅命を下されたとあります。

この時代の公家、山科言継の日記『言継卿記』(ときつぐきょうき)には、信長は衣冠を帯び、将軍とは離れて参内し大勢の公家衆が相伴したと書かれています。この時に帝より天下静謐執行権を得ています。

天下静謐とは、簡単にいうと将軍が五畿内(京都とその周辺国)を安定に治めるという意味です。

通常は将軍に与えられるのですが・・・

義昭はどんな気持ちだったのでしょうか。

 

② 織田信長、妙覚寺から越前へ出陣

天下静謐のために信長が上洛するので、共に礼を尽くすため上洛せよとの触れが全国の大名に出されるのですが、朝倉義景は上洛をしませんでした。これに激怒した信長は京の宿所・妙覚寺から越前へと出陣したのです。

幕府はこれには反対していたので、朝倉家の隣国、若狭の武藤友益を討伐するという名目での出陣だったようです。信長は抵抗する武藤友益の討伐を口実に越前の朝倉氏を攻めることになるのです。

 

麒麟がくる紀行-妙覚寺

 

妙覚寺

日蓮宗の総本山。斎藤道三の遺児が住職を務めていたこの寺を信長は宿所に選んだそうです。

知っ得!
・斎藤道三の父とされる松波庄五郎は妙覚寺で得度している(のち還俗)。
・道三の四男は十九世の日饒である。日饒は信長の義弟にあたり、信長は二十数回に及ぶ京への滞在において妙覚寺を宿所としたのは18回に及び、本能寺に滞在したのは3回に過ぎない。
・本能寺の変の際、織田信長の嫡男織田信忠は妙覚寺を宿舎としていた。

(googleストリートビュー活用)

 

23話~最終話

23話 義輝、夏の終わりに 義輝の文を手に光秀は信長のもとに向かったが・・・
24話 将軍の器 将軍・義輝が殺害される。
25話 羽運ぶ蟻(あり) 覚慶は還俗し足利義昭を名乗る。
26話 三淵の奸計(かんけい) 上洛を決めた義景だったが・・・
27話 宗久の約束 信長、義昭を将軍として京へ上洛。
28話 摂津晴門の計略 横領の疑いをかけられた光秀は摂津を問い質す・・・
29話 摂津晴門の計略 光秀に横領の疑いがかけられる・・・
30話 朝倉義景を討て 戦の大義名分を得るために信長は帝への拝謁を決意する・・・
31話 逃げよ信長 味方のはずの浅井軍に動きが、信長に最大の危機が襲う。
32話 反撃の二百挺 織田・徳川軍VS朝倉・浅井軍、姉川の戦い
33話 比叡山に棲(す)む魔物 織田軍、比叡山を攻撃
34話 焼き討ちの代償 摂津は義昭に信長と手を切るよう進言する。
35話 義昭、まよいの中で 摂津が光秀を狙う・・・
36話 訣別(けつべつ) ついに武田信玄が動き出す…
37話 信長公と蘭奢待(らんじゃたい) 武田信玄が急に引き返した…
38話 丹波攻略 光秀は丹波攻略を言い渡される
39話 本願寺を叩け 信長は5年に渡り本願寺を攻める
40話 松永久秀の平蜘蛛(ひらぐも) 逃亡した久秀は本願寺側につくと言い出す…
41話 月にのほる者 光秀は帝よりお言葉を賜る
42話 離れゆく心 光秀は鞆の浦へ義昭に会いに行く
43話 闇に光る樹 光秀は夜な夜な月に伸びる樹の夢をみるようになった…
44話 本能寺の変 ついに日本史を揺るがしたこの日が来た