【大河ドラマ】半沢直樹のようだった!光秀VS摂津、麒麟がくる29話

信長は将軍を守る必要があると二条城の普請に取り掛かる。

 

光秀は粛々と調度品の整理等事務仕事を行っているが、ある日細川藤孝が文書を持ってきます。そこには東寺の所領を光秀が横領をしたと書かれている。

 

光秀は摂津に幕府の管理ができていないのだと食って掛かるが・・・

 

オリジナルキャラクターの駒ちゃんと伊呂波大夫にも動きが、

 

麒麟がくる紀行では近衛邸跡、丹波市の興禅寺を訪ねています。

 

(本能寺の変まで 13年)

 

あらすじ-場面展開

  1. 二条城 普請場 : 信長が工事の指揮をする。光秀、細川藤孝が調度品の確認をする。
  2. 本国寺 : 信長が集めている調度品の返納を僧正が将軍に訴える。義昭と駒。
  3. 東庵診療所 : 駒、東庵に施設建設の為に1,000貫必要と話す。
  4. 旅芸人練習場 : 伊呂波太夫、光秀と前関白・近衛前久を面会させる。
  5. 妙覚寺 信長の寝所 : 藤吉郎と光秀
  6. 本国寺 : 光秀VS摂津
  7. 御所 塀 : 伊呂波太夫の生い立ちと想い
  8. 二条城 : 将軍義昭の御所二条城竣工

永禄12年(1569)

①二条城 普請場 

二条城の築城が着々と進んでいた。織田信長(染谷将太)は近隣の国々から人や物をかき集めて、京の目ぼしい屋敷や寺社からも庭石や調度品などを集めて先頭に立ち工事を進めた。

東山慈照寺(銀閣寺)からも石を持ってきている。信長は庭に桜の木を植えるように指示をする。将軍が住むにふさわしい豪華な庭に仕上げたいのだ。

 

光秀(長谷川博己)と細川藤孝(眞島秀和)は調度品の確認作業を行っている。幕府の中には信長が将軍の名を使って金目の物をかすめ取っていると陰口をたたく人がいる。しかし、幕府の中には寺社と深く関わって利益を得ている者がいるという。いざこざが起こらねばよいがと光秀と藤孝は頭を悩ませる。

 

②本国寺

将軍・足利義昭(滝藤賢一)のもとに摂津晴門(片岡鶴太郎)を通して僧正(緒方賢一)が調度品の返納を訴えてきた。

今更信長に返納をするように言えない心優しい義昭は信長が岐阜に帰った後で少しづつ返すと約束した。

将軍が席を外すと摂津は僧正が持ってきた銭を自分の懐に入れた。幕府と寺社との癒着が垣間見られた。

 

駒(門脇麦)が義昭のもとを訪れる。

義昭は駒に重い病を持つものや貧しい人々の為に古の悲田院のような館を造る構想を話す。しかし、医者や働く者たちを雇うには金が要るのだが幕府にはそれだけの余力はないのだ・・・。

 

③東庵診療所

東庵(堺正章)は診療所の床下に隠してある銭をネコババしようとするが駒に見つかりいさめられる。

駒はお金をためて将軍が言っていた施設を作りたいと、以前今井宗久(陣内孝則)から聞いた丸薬の商売についての助言を思い出し東庵に話す。

施設を建て運営するには1,000貫必要なのだ。

 

④旅芸人練習場

伊呂波太夫(尾野真千子)は前関白・近衛前久(本郷奏多)と対面させようと光秀を呼び出した。

近衛前久は三好との繋がりを疑われ都を追われ姿を消していたのだが密かに京へ戻っていたのだ。

近衛家を毛嫌いする二条晴良(小藪千豊)と摂津が談合し、近衛前久を追放するために足利義輝の暗殺にかかわったと嘘を言いふらしていたというのだ。

その理由は近衛家の領地を自分たちのものにするためだという。

伊呂波太夫も帝をないがしろにする幕府はあんまりだという。

 

⑤妙覚寺 信長の寝所

光秀が妙覚寺の廊下を歩いていると木下藤吉郎(佐々木蔵之介)に呼び止められる。

藤吉郎は光秀が近衛前久と会っていたことを知り「公家に接近すると足元をすくわれますぞ」と忠告する。

光秀は自分の身辺を調べている藤吉郎のことを不快に思い信長に愚痴るが、信長は大笑いし「勘弁してやってくれ」と言い光秀を宥める。

信長は自分の指示に必要以上の働きをする藤吉郎に一目をおいているのだ。

 

⑥本国寺

細川藤孝が血相を変えて光秀のもとを訪ねてきた。光秀が横領をしているというという訴えが幕府にあったというのだ。

光秀が東寺八幡宮領の一部を奪ったので返せという内容であった。

その土地は光秀が家族を呼び寄せる為に義昭から拝領した土地であり、これに憤慨した光秀は摂津に事実確認を行った。

この土地を手配したのは政所なのでだれがどのようにして横領したのか調べるべきだと光秀は訴えた。

だが、摂津は八幡宮の土地は広く、だれがどのようにして土地を横領したかなどというのは調べようがないと言う。

光秀は語気を強めて「幕府を司る政所がそのようなことでは困るではないか」と言ったが、摂津はのらりくらりと返事をし調べる気など無い。

光秀と摂津の対立は深まるばかりだった。

 

⑦御所 塀

光秀は伊呂波大夫のもとを訪ね御所へ案内してもらう。

崩れた塀から御所敷地へと入り伊呂波太夫は自分のおかれた境遇を話す。

伊呂波太夫は小さい頃近衛家に拾われた。その時に優しい声をかかてくれたのがいまの帝なのだ。

この壊れた塀を見ると昔のことを思い出し何とかしてあげたいと思う。

この様子を光秀はただ黙って聞いていた。

 

永禄年12(1569)4月

⑧二条城

信長が総力を挙げ普請をした二条城が2か月余りで完成した。

各地の大名に織田信長の底力を見せつける出来事となった。

完成した二条城の建物庭園を見て足利義昭は大変ご満悦で家臣一同に信長へ礼を言わせたほどだ。

この場に居合わせていたのが浅井長政(金井浩人)だ。長政には信長の妹お市の方が嫁いでおり二条城の普請には凄く協力をしていたのだ。

二条城の築城後信長は直ちに岐阜へと帰っていった。次の戦が迫っていた。

 

29話のポイント

  1. 二条城の普請
  2. 摂津の計略として描かれていた光秀の横領
  3. 伊呂波大夫が言う荒廃した御所

①二条城の普請

織田信長が足利15代将軍・義昭の居城として築城した二条城はドラマでも描かれていましたが石仏などを石垣に転用し築城されました。石垣に関しては地下鉄烏丸線の工事により一部が発見されています。

ドラマで二条城築城途中に庭で信長が「この石はどこから持ってきた」と問うと家臣が「東山慈照寺です」と答えています。これは実在した石で信長公記には九山八海(くさんはっかい)という全国に知れ渡った名石と書かれてあります。

二条城の普請には尾張・美濃・近江・伊勢・三河・五機内・若狭・丹後・丹波・播磨14カ国の大名・武将たちを上洛させています。又、二条城の周囲に諸大名の邸を造らせているので将軍御所の威容は一段と高まったと言われてます。

天守的な役割を果たした櫓があったらしいという伝承もありますが、二条城はこれから数年後、足利義昭が兵をあげて信長討伐に立ち上がったものの失敗し京都を追放された後取り壊されます。

信長を頼りにしている義昭が、この後どう仲たがいをしていくのかが今後のドラマの見どころとなりますね。

 

②摂津の計略として描かれていた光秀の横領

ドラマでは光秀が東寺の領地を横領したとして訴えられていましたが、この話はどうも事実なようです。

現存している『東寺百合文書』という書状によると、東寺の僧・禅識から、幕府奉行人に、明智光秀が東寺八幡宮領の下久世庄を横領し、年貢や公事物を寺納しないと訴え出ており、その訴状には、明知十兵衛尉がこの庄一職を上様(義昭)から仰せつかったと称して、年貢諸役を当寺に納めませんと書かれています。

この横領に至った経緯は史実上ではわかりませんが、ドラマでは摂津が光秀を陥れるために画策をしたような描かれ方をしていましたね。ネットでは光秀VS摂津、半沢直樹のようだと盛り上がり非常に見ごたえのあるシーンでしたね。

今後も摂津と光秀の対立をどう描くのかが楽しみです。

 

③荒廃した御所

ドラマ後半では伊呂波大夫が荒廃した御所に光秀を連れてゆき自分の生い立ちを話をするというシーンがありましたが、この当時都は応仁の乱以降戦乱が続き荒れ果て、朝廷も財政難に悩まされ、天皇の即位礼すら満足に行えないほど逼迫していました。

伊呂波大夫が「今の帝の曾祖父様は崩御されてもお弔いの費用がなく二ヶ月ほおっておかれた」と言っていましたが、これも事実です。

このことは近衛政家による『後法興院記』に「今夜旧主御葬送と云々。今日に至り崩御以降四十三日なり。かくの如き遅々、さらに先規あるべからず歟(か)。」と記されているます。

伊呂波大夫は涙ながらに今の幕府は手も差し伸べず見て見ぬふりだと光秀に訴えています。

この時代の帝の様子をドラマではオリジナルキャラクターの伊呂波大夫によって視聴者は知ることになります。

このように『麒麟がくる』ではオリジナルキャラクターの駒ちゃんや伊呂波大夫の言動から当時の町の情勢を知らせてくれる演出になってますね。

 

ドラマでは信長は「幕府のやることに口出しはせぬ」と言っていましたが、内裏がみすぼらしく荒廃していることを知った信長は、誠仁親王(さねひとしんのう)の元服費用として300貫文を献上した他、黄金3枚も寄付し、さらに内裏の修理に取りかかります。

 

その後も修復工事は10年以上続けられたといわれています。

 

伊呂波大夫もこのことには満面の笑みで喜んだことでしょう・・・

 

麒麟がくる紀行-近衛邸跡(京都御苑内)、興禅寺

 

近衛邸跡(京都御苑内)

京都御苑の北側・今出川御門近くに五摂家筆頭であった近衛家の屋敷があった跡地があります。

知っ得!
・庭園にあった池は今も「近衛池」として残り、邸内にあった糸桜は今も名所として知られます。

 

(googleストリートビュー活用)

 

興禅寺:兵庫県丹波市

二条晴良と対立し京を追われた近衛前久が身を寄せた地。前久が設計したといわれる庭が今も残されています。前久が身を寄せた時代は黒井城の館がありました。

知っ得!
・黒井城の落城から50年後の寛永3年(1626)に、興禅寺本堂等を移転しています。
・徳川家光の乳母であり大奥の礎を築き統括した春日局生誕の地とされています。

 

(googleストリートビュー活用)

 

23話~最終話

23話 義輝、夏の終わりに 義輝の文を手に光秀は信長のもとに向かったが・・・
24話 将軍の器 将軍・義輝が殺害される。
25話 羽運ぶ蟻(あり) 覚慶は還俗し足利義昭を名乗る。
26話 三淵の奸計(かんけい) 上洛を決めた義景だったが・・・
27話 宗久の約束 信長、義昭を将軍として京へ上洛。
28話 新しき幕府 足利義昭15代将軍に就任。三好軍本国(圀)寺御座所襲撃。
29話 摂津晴門の計略 光秀に横領の疑いがかけられる・・・
30話 朝倉義景を討て 戦の大義名分を得るために信長は帝への拝謁を決意する・・・
31話 逃げよ信長 味方のはずの浅井軍に動きが、信長に最大の危機が襲う。
32話 反撃の二百挺 織田・徳川軍VS朝倉・浅井軍、姉川の戦い
33話 比叡山に棲(す)む魔物 織田軍、比叡山を攻撃
34話 焼き討ちの代償 摂津は義昭に信長と手を切るよう進言する。
35話 義昭、まよいの中で 摂津が光秀を狙う・・・
36話 訣別(けつべつ) ついに武田信玄が動き出す…
37話 信長公と蘭奢待(らんじゃたい) 武田信玄が急に引き返した…
38話 丹波攻略 光秀は丹波攻略を言い渡される
39話 本願寺を叩け 信長は5年に渡り本願寺を攻める
40話 松永久秀の平蜘蛛(ひらぐも) 逃亡した久秀は本願寺側につくと言い出す…
41話 月にのほる者 光秀は帝よりお言葉を賜る
42話 離れゆく心 光秀は鞆の浦へ義昭に会いに行く
43話 闇に光る樹 光秀は夜な夜な月に伸びる樹の夢をみるようになった…
44話 本能寺の変 ついに日本史を揺るがしたこの日が来た