【大河ドラマ】谷原章介さん演じる三淵 藤英とは?麒麟がくる26話

あらすじ-ネタバレ

 

永禄10年(1567)

越前の大名・朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)がついに上洛を決意した。

一方、京は依然として三好氏が支配し続けていた。その三好勢が担いだ四国阿波の足利義栄(一ノ瀬颯)が急遽14代将軍に就いた。ところが足利義栄は重い病を抱えていた。摂津の国に留まり上洛できずにいた。

 

永禄11年(1568)

長く敦賀に留め置かれた足利義昭(滝藤賢一)が一乗谷に招かれた。永禄11年4月義昭は元服を果たした。朝倉義景が烏帽子親となり京から下ってきた公家の二条晴良(小籔千豊)が見届けた。これで義昭は武士となり新たな将軍となるべく三好勢への巻き返しの体制が整った。

上洛は国を挙げての一大事である。それには強大な軍事力と物資そして金銭が必要であった。朝倉家の家臣は上洛には反対だった。

光秀は信長を訪ね、単独で上洛をするようにと訴えた。

 

永禄11年(1568)7月

足利義昭の一行は越前の国を出て織田信長の待つ美濃の国へと向かったのだった。

 

 

谷原章介さん演じる三淵 藤英ってどんな人?

 

麒麟がくる26話の題目は「三淵の奸計(かんけい)」という難しい題目ですが、奸計とは悪いはかりごとという意味です。

ドラマでは義景の上洛に異を唱える朝倉景鏡(手塚とおる)と朝倉家家臣の山崎吉家(榎木孝明さん)、三淵の“密会”が描かれた。その後、義景の子・阿君丸が毒を盛られ命を落とした。

越前から信長のいる美濃に向かうことを決意した義昭、三淵、細川藤孝は義景にその旨を伝えるが義景は怒り義昭らを美濃に行かせまいとした矢先の悲劇だった。

義景のやる気をそぐための手段として非情にも義景の子阿君丸がそのターゲットにされたのだ。

題目の「三淵の奸計(かんけい)」からすると阿君丸に毒を盛る指示を出したのは三淵なのか・・・。

 

 

谷原章介さん演じる演じる三淵 藤英とはどんな人だったのかみていきましょう。

 

三淵 藤英は室町幕府末期の幕臣(奉公衆)。眞島秀和さん演じる細川藤孝は異母弟です。

藤英の「藤」の字は将軍・足利義藤(後の義輝)より偏諱を賜ったもの。

向井理さんが演じていた第13代将軍・足利義輝が三好三人衆に暗殺されると、藤英は弟の藤孝と共に滝藤賢一さん演じる義輝の弟で一乗院門跡・覚慶(足利義昭)を、監禁されていた興福寺から救出して近江国矢島にて還俗させる。そして越前国のユースケ・サンタマリアさん演じる朝倉義景を頼った。

 

義昭が織田信長に擁立されて将軍となると、山城国で伏見城周辺の守備を命じられた。その後に大和守に叙任する。

 

だが、義昭と信長が対立した時に弟・藤孝が義昭を裏切り信長方に付いたことを知って、藤孝の居城である勝竜寺城を襲撃する計画を立てるが失敗する。

 

元亀4年(1573)に義昭が挙兵するとこれに従った。義昭自身は巨椋池の傍にある槇島城に籠城すると、藤英は二条城を任されて、奉公衆と共に籠城した。しかし、信長の大軍に囲まれると藤英以外の主要な人物は皆退去してしまい、一人藤英とその軍勢だけが二条城に籠る事態となり、ついに柴田勝家の説得を受け入れて降伏した。

降伏後、藤英は居城の伏見城に戻ったが、その目の前にある槇島城が織田軍の総攻撃により陥落し降伏した義昭は信長によって三好義継の河内国若江城に追放され、室町幕府は事実上滅亡した。これにより藤英も信長に仕えることとなった。

 

翌年、信長によって突如所領を没収されて明智光秀の元に預けられると、嫡男の秋豪と共に坂本城で自害を命じられた。

突然の信長からの命令を大河でどう描くのか・・、注目したい場面です。

 

三淵 藤英が亡くなってからの三淵のその後は、

藤英の次男の光行は藤孝に預けられてそのまま細川氏に仕える。後に田辺城の戦いにおいて、光行がよく叔父を助けたことを知った徳川家康に高く評価されて旗本として召しだされた。一方、三淵 藤英の弟・長岡義重は三淵の名跡を継ぎ、細川氏に仕えたといいます。

三淵藤英は志半ばで亡くなってしまったが、三淵家のその血筋は脈々と受け継がれていったのです。

 

 

麒麟がくる紀行-旧朝倉街道跡、御所安養寺跡、南陽寺跡庭園

 

旧朝倉街道跡

足利義昭が敦賀から一乗谷へ向かう際に使った街道とされている。

知っ得!
・朝倉街道は幅員が六尺(約1.8メートル)から八尺(約2.4メートル)あり石畳敷であったと思われる。その一部が現在も残っている。

御所安養寺跡

足利義昭は安養寺に迎え入れられ境内に御所が設けられました。

知っ得!
・安養寺はもとは越前府中の西鬼ヶ岳西麓にあった天台宗の寺でしたが、一乗谷に居館を置いた初代朝倉孝景によって文明5年(1473)に一乗谷に移されて庇護され、この時に浄土宗となりました。
・安養寺は一乗谷で一番格式の高い寺院とされ、真盛上人の説法や、清原宜賢の大学や中庸を講義した寺院としても知られています。
・朝倉氏滅亡後、安養寺は柴田勝家によって北ノ庄城下に移されています。

南陽寺跡庭園

南陽寺では花見が行われ、庭の糸桜を題材に歌を贈りあったと伝えられています。

知っ得!
・南陽寺は室町時代の中期、朝倉氏景の時代に建立された寺院。
・朝倉貞景によって娘のために再興された、以降は朝倉家の子女が入る尼寺となった。

旧朝倉街道→御所安養寺跡→一乗谷朝倉氏遺跡→南陽寺跡庭園 ルートマップ

(googleマップ活用)

徒歩で約1時間:旧朝倉街道→御所安養寺跡→一乗谷朝倉氏遺跡→南陽寺跡庭園

 

麒麟がくる 23話~最終話

23話 義輝、夏の終わりに 義輝の文を手に光秀は信長のもとに向かったが・・・
24話 将軍の器 将軍・義輝が殺害される。
25話 羽運ぶ蟻(あり) 覚慶は還俗し足利義昭を名乗る。
26話 三淵の奸計(かんけい) 上洛を決めた義景だったが・・・
27話 宗久の約束 信長、義昭を将軍として京へ上洛。
28話 新しき幕府 足利義昭15代将軍に就任。三好軍本国(圀)寺御座所襲撃。
29話 摂津晴門の計略 光秀に横領の疑いがかけられる・・・
30話 朝倉義景を討て 戦の大義名分を得るために信長は帝への拝謁を決意する・・・
31話 逃げよ信長 味方のはずの浅井軍に動きが、信長に最大の危機が襲う。
32話 反撃の二百挺 織田・徳川軍VS朝倉・浅井軍、姉川の戦い
33話 比叡山に棲(す)む魔物 織田軍、比叡山を攻撃
34話 焼き討ちの代償 摂津は義昭に信長と手を切るよう進言する。
35話 義昭、まよいの中で 摂津が光秀を狙う・・・
36話 訣別(けつべつ) ついに武田信玄が動き出す…
37話 信長公と蘭奢待(らんじゃたい) 武田信玄が急に引き返した…
38話 丹波攻略 光秀は丹波攻略を言い渡される
39話 本願寺を叩け 信長は5年に渡り本願寺を攻める
40話 松永久秀の平蜘蛛(ひらぐも) 逃亡した久秀は本願寺側につくと言い出す…
41話 月にのほる者 光秀は帝よりお言葉を賜る
42話 離れゆく心 光秀は鞆の浦へ義昭に会いに行く
43話 闇に光る樹 光秀は夜な夜な月に伸びる樹の夢をみるようになった…
44話 本能寺の変 ついに日本史を揺るがしたこの日が来た