【大河ドラマ】将軍・足利義輝が襲撃された永禄の変とは?麒麟がくる24話

あらすじ-ネタバレ

永禄8年(1565)5月

京で前代未聞の一大事変が起こった。将軍・足利義輝(向井理)が襲撃を受けたのである。

覇権を取り戻さんとする三好長慶の子三好義継の軍勢によるものであった。これを永禄の変という。

足利13代将軍義輝は30年の生涯を閉じた。

永禄の変により将軍の座は空位となった。将軍暗殺を実行した三好一派は義輝の後継と目される弟・覚慶(滝藤賢一)を幽閉し、自分たちが意のままに操れる義栄を次期将軍に擁立しようとしたのである。事態はだれも予想しない様相になりつつあった。

将軍候補の筆頭とされた覚慶は三好一派により興福寺の一乗院に幽閉されたが、松永久秀(吉田剛太郎)の意を受けた細川藤孝(眞島秀和)らが覚慶を脱出させ身柄を三好一派の手の届かないところへ移し将軍擁立に向け動き出した。

越前で将軍討ち死にの知らせを聞いた光秀(長谷川博己)は多聞山城の久秀を訪れ激しく糾弾する。

松永は朝倉義景から届いた書状を光秀に見せる。そこには、朝倉家は覚慶将軍の器であればかくまう、それを光秀に見定めるようにと書かれていた。

 

三好一派は関白・近衛前久(本郷奏多)に圧力をかけ次期将軍選びを優位に進めようとしていた。

 

甲賀・和田惟政の館を訪れた光秀は覚慶と会う。

越前に戻った光秀は義景から覚慶が将軍の器かと問われ、「次なる将軍にあのお方はいかがなものかと思われます」と答える。

京では関白・近衛前久が天皇に次なる将軍に足利義栄を推挙した。

 

将軍・足利義輝が襲撃された永禄の変とは?

足利義輝像紙形(出典:Wikipedia

将軍側は三好氏を警戒し、数年前から二条御所を堅固にする工事を施していた。ルイス・フロイスの『日本史』によれば、将軍義輝は事件前日に難を避けようといったん御所を脱出している。しかし、義輝の近臣は、将軍の権威を失墜させると反対し、義輝とともに討死する覚悟を示して説得を行ったため、義輝も不本意ながら御所に戻ったという。

5月19日、三好・松永らは約1万の軍勢を結集して御所に押し寄せ、将軍に訴訟(要求)ありと偽って取次を求めた。奉公衆の進士晴舎が訴状の取次に往復する間、三好勢の鉄砲衆は四方の門から侵入して攻撃を開始した。

将軍方の応戦は激しく、一色輝喜、上野輝清以下十数名が三好勢数十人を討ち取った。その間に殿中では、進士晴舎が敵の侵入を許したことを詫びて御前で切腹し、義輝は近臣たち一人一人と最後の盃を交わし終え、主従三十名ほどで討って出た。治部藤通やその弟福阿弥は、鎌鑓で数十人を討ち取った。剣豪塚原卜伝に兵法を学んだ義輝も自ら薙刀を振るい、その後刀に持ち替えて奮戦したという。

しかし、多勢に無勢の中、昼頃までに義輝や主従全員が討死・自害した。公家山科言継の日記『言継卿記』の永禄八年五月十九日条は、奉公衆が大勢討死し、同日の午の刻の初め頃(昼前)には将軍も「生害」されたと伝えている

また、義輝の正室近衛氏(近衛稙家の娘)は実家の近衛家へ送り届けられたが、義輝の生母慶寿院は自害した。フロイスの記述によれば、三好勢は義輝が寵愛していた側妾の小侍従局(進士晴舎の娘)殺害を要求の一つに掲げており、彼女は混乱に紛れて御所を脱出し身を隠したものの、探索の末に捕えられ四条河原で斬首された

一方、三好氏に近かった幕臣の伊勢貞助は、義輝を助けずに御所内にあった室町幕府歴代の重宝が入った唐櫃を密かに御所外に搬出したという。また、変の直後に奉公衆や奉行衆が三好長逸の所に挨拶に赴くなど、義輝の執政により回復したかに思えた幕府の脆弱さが露見する結果となった。

麒麟がくる紀行-公方屋敷跡、少林寺、矢島御所跡

 

公方屋敷跡

覚慶がかくまわれていた場所

知っ得!
・この土地を収めている和田屋敷の主・和田惟政は、甲賀郡甲賀村の有力豪族で、甲賀武士五十三家の特に有力な二十一家に数えられ南山六家とも称される家柄。初めは六角氏の被官で、惟政の父の代に室町幕府13代将軍足利義輝の幕臣として仕えてました。
・将軍・足利義輝襲撃事件を知った和田惟政は、一乗院に監禁されていた覚慶を、細川藤孝や伊賀を拠点としている仁木義政らと共に救出、屋敷に匿いました。当時の将軍が公方と呼ばれたことから地元では公方屋敷と云われます。

(googleマップ活用)

 

少林寺、矢島御所跡

和田の公方屋敷でかくまわれていた覚慶はその後少林寺に入りほどなくして矢島御所がつくられたといいます。およそ10か月をこの地で過ごすことになります。

知っ得!
・少林寺は、一休宗純(一休和尚)ゆかりの古刹として知られていて、一休和尚にまつわる什物も数多く伝わっています。
・矢島御所のある南近江の領主である六角義治が三好三人衆と内通したという情報があり、覚慶は矢島御所を去り、妹婿である武田義統を頼り若狭へと下った。

(googleマップ活用)

 

麒麟がくる 23話~最終話

23話 義輝、夏の終わりに 義輝の文を手に光秀は信長のもとに向かったが・・・
24話 将軍の器 将軍・義輝が殺害される。
25話 羽運ぶ蟻(あり) 覚慶は還俗し足利義昭を名乗る。
26話 三淵の奸計(かんけい) 上洛を決めた義景だったが・・・
27話 宗久の約束 信長、義昭を将軍として京へ上洛。
28話 新しき幕府 足利義昭15代将軍に就任。三好軍本国(圀)寺御座所襲撃。
29話 摂津晴門の計略 光秀に横領の疑いがかけられる・・・
30話 朝倉義景を討て 戦の大義名分を得るために信長は帝への拝謁を決意する・・・
31話 逃げよ信長 味方のはずの浅井軍に動きが、信長に最大の危機が襲う。
32話 反撃の二百挺 織田・徳川軍VS朝倉・浅井軍、姉川の戦い
33話 比叡山に棲(す)む魔物 織田軍、比叡山を攻撃
34話 焼き討ちの代償 摂津は義昭に信長と手を切るよう進言する。
35話 義昭、まよいの中で 摂津が光秀を狙う・・・
36話 訣別(けつべつ) ついに武田信玄が動き出す…
37話 信長公と蘭奢待(らんじゃたい) 武田信玄が急に引き返した…
38話 丹波攻略 光秀は丹波攻略を言い渡される
39話 本願寺を叩け 信長は5年に渡り本願寺を攻める
40話 松永久秀の平蜘蛛(ひらぐも) 逃亡した久秀は本願寺側につくと言い出す…
41話 月にのほる者 光秀は帝よりお言葉を賜る
42話 離れゆく心 光秀は鞆の浦へ義昭に会いに行く
43話 闇に光る樹 光秀は夜な夜な月に伸びる樹の夢をみるようになった…
44話 本能寺の変 ついに日本史を揺るがしたこの日が来た