【大河ドラマ】新天地越前で光秀の新しい幕が開ける、麒麟がくる18話

 

お駒・菊丸、帰蝶・伊呂波太夫の協力もあり命からがら美濃を脱出し、新天地越前にたどり着いた明智家の人達

 

越前一乗谷で、光秀は朝倉義景に謁見する

 

斎藤道三から託された光秀の第二幕が開演する!!

 

 

あらすじ-ネタバレ

 

弘治二年(1556)

長良川の戦いで道三を破った利政は明智家を攻めた。光安は明智城と共に散った。

光秀は逃げるべく尾張を目指そうとしたが、お駒と菊丸が現れ、尾張方面は利政の軍が固めているため北へ逃げるしかないとのことだった。

光秀以下明智家の者、お駒・菊丸は利政の追手から逃れながらも山中を北へと向かう。そこへ、伊呂波太夫が現れる。帰蝶から光秀を逃がすように頼まれた伊呂波太夫は光秀以下明智家の者を越前へと導く。

道中で古民家に一泊することとなった。そこでお駒は幼い頃の話をした。お駒が小さい頃、戦で火事になった時に救い出してくれた人がいる。その人が明智家の人かもしれないというのだ。

その人は、光秀の父、明智光綱だったのだ。この話を聞いた光秀の母・牧はお駒を抱き二人で涙した。戦などない世になってほしいと二人は願った。

翌日、越前一乗谷にたどり着いた。伊呂波太夫は光秀を朝倉義景に引き合わせた。日々を穏やかに過ごしたい義景は厄介ごとに巻き込まれるのではと、乗り気では無かったが、光秀を越前におくことにした。

光秀は戦で負け落ちぶれた自分の無力さを痛感したが、幼い頃父から聞いた言葉を胸に誇り高く生きてゆかなければと自分に言い聞かせた。

 

一方、尾張では、

斎藤道三の死により、かねてから信長に不満を抱いていた者たちがうごめき始めた。

そんな中、信長の弟、織田信勝の側近である柴田勝家が信長の元に現れた。

「信勝様が斎藤高政と手を結び謀反を企んでおります」

「信勝は以前にも謀反をおこしたが、母上に頼まれ許した、愚かじゃ」

帰蝶は信長に信勝に会うことを助言する。会ってどうするべきか決めればよいと。

信長は病と偽り、信勝が見舞いに来る。

信勝は万病をしずめると云われる水を持って信長の見舞いに訪れた。

「どのような病にも効くといわれる水を行者より譲受け持ってまいりました」

「ほう、それではそちが飲んでみよ」

信長の家臣が信勝を取り囲んだ。

水を飲んだ信勝は息絶えた。

何かを感じ取ったのか土田御前はうろたえてしまっている。帰蝶は夕陽が染まる庭の一点を黙って見つめている。

(本能寺の変まで26年)

ユースケ・サンタマリア演じる朝倉義景とは?

 

いよいよ、美濃編が終わり、越前編に突入しましたネ。

光秀以下明智家の人達は、伊呂波太夫の先導で越前は一乗谷の町にたどり着きました。

光秀が伊呂波太夫の仲介で謁見した朝倉義景とはどんな人で、光秀にどういった影響を与えていくことになるのでしょうか?

 

こちらは朝倉義景の肖像画です。ユースケ・サンタマリアさんよりは男前でしょうか?

 

朝倉義景肖像画(出典:Wikipedia

お顔から推察すると、輪郭から見るとややぽっちゃり形で鼻は大きめですが、目はきりっとしていて、知的な人だったのかなとおもわれますよね。

ドラマでは義景と伊呂波太夫が近衛家の話をしていましたが、義景の継室が近衛家の娘です。正室は細川晴元の娘でしたが、女児を出産した直後に死去しました。近衛家の娘の継室は朝倉始末記に絶世の美女と記されていますが子に恵まれずに離縁されてしまいます。

謁見をした伊呂波太夫と光秀に義景は、厄介ごとに巻き込まれるのは面倒だと言っていましたが、実際の義景も争いはあまり好んでいなかったとおもわれます。戦よりも文芸に凝っていた人のようで、和歌・猿楽・作庭・絵画・茶道など多くの芸事を好んで行っていたという記録がっています。

特に茶道には凝っていたようで、一乗谷からは多くの茶器、当時は高価な輸入品であった唐物茶碗や青磁花瓶、タイ製の壷などが出土しています。

 

光秀が一乗谷に居を構えたことにより、朝倉家とにぎやかで平和な一乗谷の町に災いが起きなければいいのですが・・・。

「日本のポンペイ」と称された一乗谷をドラマを通して見守りたいです。

 

麒麟がくるのが遠のいてしまいそうですが、ドラマでも言っているように必ず麒麟はくると信じて日々の生活を送りましょう!

 

『信長公記』に記されている信長弟、織田信勝の最後

 

麒麟がくるドラマ18話後半は尾張織田家での話でしたね。

斎藤高政と手を結び信長を亡き者にしようと企む弟信勝の謀反を側近の柴田勝家が信長に死を覚悟で直訴します。病と偽った信長の見舞いに来た信勝は、病に効くといわれる水を兄に渡しますが、それを信勝に飲ませ、死にます。

ん~、戦国時代にはこのよう身内での争い暗殺はよくあっていたんでしょうね。15話では斎藤高政が病と偽り弟の孫四郎と喜平次が見舞いに来たところを暗殺していますし・・・。戦国時代に限らず、現代でも遺産相続や保険金などでの身内の争い殺害はニュースなどでたまに見ますしね、いつの時代でも権力やお金が絡むとこういった事態が起こるというのは人間が持つ性なのでしょうか?

 

さて、信長と信勝のことです。信長の一級の資料と云われる『信長公記』にはどのように記されているのでしょうか?

まず『信長公記』では、信勝信行と書いています。これはなぜかと言うと、当時の武士は年を重ねるごとに名を変えたり、別名があったりします。現代に生きる私たちは当時の人達に直接話を聞いているわけではありませんが、残されている日記や文献があります。それを歴史家・歴史研究家といわれる人たちが解明をしています。これは大変な作業だと思いますし、もしかしたらまだ発見されていない当時の日記や文献があって、違った名前が出てくるかもしれません。

話を続けると、信長の弟信行は、織田信安と共謀して、信長の所領を奪い取ろうと企てる。信安は信長とは縁戚関係にあり幼少の頃は仲が良かったが、年を重ねると疎遠になり、信安は斎藤利政と呼応し表だって信長と敵対するようになります。

信行は男色だったようでその相手に津々木蔵人(つづきくらんど)という者がいた。この津々木蔵人は柴田勝家と並ぶ地位を占めていたが、家中のおもな侍たちを蔵人につけたものだから蔵人は舞い上がり、柴田勝家をないがしろにした。これに、勝家は無念さを感じ、信長に信行の謀反の計画を明かした。

信長は病と偽った。土田御前と柴田勝家から見舞いを勧められた信行は清州へ兄の見舞いに出かけた。

弘治三年(1557)十一月二日、信長は家臣の河尻・青貝の二名に命じて、見舞いに来た信行を清州城北櫓天守次の間にて殺害させた。

謀反を事前に知らせた忠節によって柴田勝家は後に越前という大国をあたえられることとなる。と、信長公記に記されています。

 

今回から場面が変わり登場した越前ですが、後々には織田家の家臣である柴田勝家が治めることとなります。ドラマで初めて越前が出てくる回に、最後に越前のことを書いた信勝謀殺のシーンも描かれているなんて、麒麟がくるの脚本は信長公記の影響も受けていますね。

 

麒麟がくる紀行-一乗谷朝倉氏遺跡、称念寺

 

一乗谷朝倉氏遺跡

一乗谷は、かつて越前の国を支配した朝倉氏が拠点を置いた地です。山城の麓に広がる城下には、侍屋敷や寺院、町屋が建ち並び最盛期には一万人が暮らしたといいます。城下町の中心に位置する朝倉義景の館には17棟の建物が建ち政治などの祭事を行っていました。江戸時代の記録では明智光秀は一時この地に身を寄せていたと伝わります。

  • 朝倉家伝記」や「朝倉家記」などの新資料によると、朝倉氏は南北朝時代には、一乗谷を本拠にしていた。
  • 応仁の乱により荒廃した京から、多くの公家や高僧、文人、学者たちが避難してきたため一乗谷は飛躍的に発展し、華やかな京文化が開花した。このため北ノ京とも呼ばれた。
  • 永禄10年(1567))には朝倉義景が足利義昭を安養寺に迎えるが、義昭は上洛を果たすため織田信長を頼って美濃国に出国する。
  • 天正元年(1573)刀禰坂の戦いに大敗した義景は一乗谷を放棄し大野へ逃れる。信長の軍勢によって火を放たれ一乗谷は灰燼に帰した。
  • 刀禰坂の戦いの功績により信長から守護代職を与えられた朝倉氏旧臣の桂田長俊(前波吉継)が一乗谷に館を構えた。しかし、天正三年(1575)越前一向一揆で坂井郡、吉田郡、足羽郡の一揆勢3万3千人が一乗谷に攻め入り、長俊は一族もろとも討ち取られた。
  • 信長が一揆を平定した後、越前八郡を与えられた柴田勝家は本拠を水運・陸運に便利な北ノ庄に構えたため、辺境となった一乗谷は田畑の下に埋もれていった。
  • 優れた造りの庭園も堆積する土砂に埋もれたが、昭和42年(1967)に発掘が開始され注目されるようになった

(googleアース活用)

 

称念寺

明智光秀は称念寺の門前に住み、住職と親交を深めたと云います。鎌倉時代から称念寺に安置されている阿弥陀仏三尊迎仏像は、光秀も手を合わせたと寺に伝えられています。光秀は越前の地で再起を待つことになるのです。

  • 延元3年・暦応元年(13338)に越前国藤島の燈明寺畷の戦いで新田義貞が戦死すると、時衆によって遺骸が往生院に運ばれたと『太平記』にある。この往生院が当寺とされている。当寺境内に義貞墓所があった。
  • 室町時代には、後花園天皇や室町幕府3代将軍足利義満の祈願所となり、そのほか武将の帰依を得た。
  • 門前に明智光秀が、越前国の朝倉義景仕官時に、住んでいた。史実から離れてこれを脚色した『明智軍記』の、妻を置いて全国武者修行した創作の物語にちなんで松尾芭蕉が「月さびよ明智が妻の咄せむ」と詠んでいる。

(googleアース活用)

 

一乗谷朝倉氏遺跡、称念寺 位置関係

(googleマップ活用)

麒麟がくる 1話~21話

1話 光秀、西へ 光秀、堺と京を訪れるが・・・
2話 道三の罠 籠城をする道三だったがそれにはある策があった・・・
3話 美濃の国 斎藤道三、土岐頼芸のもとを訪れるが・・・
4話 尾張潜入指令 光秀と菊丸が薬草売りを装い尾張に潜伏するが・・・
5話 伊平次を探せ 光秀、鉄砲職人伊平次を探しに京へ行く。
6話 三好長慶襲撃計画 万里小路家連歌の集いで三好長慶が狙われるが・・・
7話 帰蝶の願い 織田信秀が斎藤利政に和睦を申し入れてきたが、それにはある条件があった・・・
8話   同盟のゆくえ 織田と斎藤の同盟は帰蝶の輿入れが条件だった。帰蝶が取った行動とは・・・
9話 信長の失敗 信長は信秀に祝いの品を差し出すのだが・・・
10話 ひとりぼっちの若君 今川義元は織田家の人質竹千代と織田信広の交換条件を突き付けてきた。
11話 将軍の涙 織田家VS今川家。美濃はどうする。
12話 十兵衛の嫁 光秀は煕子と結婚し、母と叔父の光安も大喜びだった。が、稲葉山城からのろしが上がる・・
13話 帰蝶のはかりごと 道三と対面する信長を帰蝶がプロデュースする。
14話 正徳寺の会見 斎藤道三と織田信長は正徳寺で初対面を果たした。
15話 道三、わが父に非(あら)ず 尾張の織田家と美濃の斎藤家で身内同士の暗殺劇が起こる。
16話 大きな国 道三は二人の息子を失った。殺害したのは嫡男の高政であった・・・
17話 長良川の対決 ついに、美濃国内長良川において斎藤親子が激突!
18話 越前へ 新天地越前にたどり着いた明智家の人達   越前一乗谷で、光秀は朝倉義景に謁見する。
19話 信長を暗殺せよ 近江朽木に戦火を逃れていた将軍・足利義輝は三好長慶と和睦し5年ぶりに京に戻った。
20話 家康への文 家康と母・於大の方の感動秘話。
21話 決戦!桶狭間 日本の歴史が変わった運命の一日!

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