【大河ドラマ】斎藤道三と織田信長の初対面と村木砦の戦い、麒麟がくる14話

 

斎藤道三と織田信長は正徳寺で初対面を果たした。

 

その後、信長は今川軍の攻撃、村木砦の戦いで道三に後方の那古野城の守備を要請する。

 

あらすじ-ネタバレ

天文二十二年(1553)四月

 

織田信長と斎藤道三は正徳寺で初対面する。

 

道三は小屋から信長軍の行列を食い入るように見る。道三が今から整備しようとしている鉄砲を信長は大量に保持していたからだ。

 

道三は遅れて入って来た信長と正徳寺御堂で初対面する。

 

遅れて入ってきた信長は、着替えに手間取ったからだと言う。そして、今日の衣装も鉄砲隊も帰蝶が準備したことで、私は、帰蝶の手のひらの上で踊らされているだけの大虚けでござると言う。これには道三以下、家臣は笑うしかなかった。

 

道三は信長を気に入った。

 

 

一方、東庵とお駒は駿河にいた。東庵は、今川の軍師、太原雪斎を診ることになる。

 

今川義元は尾張に攻め込むため村木砦を築いた。

 

 

道三は信長から那古野城を守るための援軍を送ってもらうようにと要請を受けた。

 

が、息子の義龍は虚けの信長を助ける気かと食ってかかる。

 

しかし、道三は信長をかっており、今川に立ち向かおうとしている信長に援軍を送った。

 

義龍は家督を継いで道三を倒すことを決心する。光秀も同調した。

 

 

村木砦の戦いは九時間にも及んだが、戦で初めて鉄砲を使った信長は今川軍に勝利した。

 

 

美濃では悲しい出来事がおきた。深芳野が死んだのだ。

 

義龍は、母上の望みをかなえよという。

 

その望みとは義龍に家督を継がせるということだった。

 

信長公記に描かれている聖徳寺会見と村木砦の戦い

斎藤道三と織田信長の初対面

天文二十二年(1553)

斎藤道三山城守道三は、富田町の寺内町正徳寺まで出向くので、織田上総介殿もここまで来てください、対面したい。と、道三から信長に言った。

現在は、徳寺だがこの当時は徳寺だったようです。

道三が信長と対面したいと言った理由は、道三のまわりの物が、信長を嫉んで「婿殿は大馬鹿ですぞ」と道三に面と向かって言っていた。道三は「馬鹿ではない」と言っていたが、一度対面して真偽を見極めることとした。

道三は、信長は実直でない男だという噂なので、驚かせて笑ってやろうと、古老の者七、八百人ほどに肩衣・袴、上品な身支度をさせて正徳寺の御堂の縁に並んで座らせた。

そして、道三は寺の近くの小屋に隠れ、信長の行列をのぞき見した。

その時の信長のいでたちはというと、

髪は茶筅髷(ちゃせんまげ)を萌黄(もえぎ)色の平打ち紐で巻き立てて、湯帷子(ゆかたびら)を袖脱ぎにし、金銀飾りの大刀・脇差二つとも長い柄を藁縄(わらなわ)で巻き、太い麻縄を腕輪にし、腰の周りには猿廻しのように火打ち袋、瓢箪(ひょうたん)七つ八つほどをぶらさげ、虎皮と豹皮を四色に染め分けた半袴をはいた。お供の衆を七、八百人ほど、ずらっと並べ、柄三間半の朱槍五百本、弓・鉄砲五百挺を持たせ、元気な足軽を行列の前に走らせた。

(現代語 信長公記 首巻[入京以前] 斎藤道三と会見 より引用)

そして、寺についたところで、生れてはじめて髪を折り曲げて結い、長袴をはき小刀をさした。この姿を見て、家中の人々は、阿呆ぶりはわざとだったのかと驚いた。

信長は御堂の縁の上り口にいる、道三の家臣、春日丹後・堀田道空が信長を出迎えて「お早くおいでなさいませ」と言ったが、信長は知らん顔で諸侍が居並ぶ前を通り縁の柱に寄りかかった。

しばらくして、道三が出てきたがそれでも信長は知らん顔をしたので堀田道空が「こちらが山城守殿でございます」と言うと、信長は「お出になったか」と言って敷居の内へ入り、道三に挨拶をして座敷に座った。

しばらくして、道三が湯漬けを給仕し、盃を交わして、道三と信長の初対面はお開きとなった。

道三は苦い表情で「また近いうちにお目にかかろう」と言って席を立った。

信長は道三勢を二十町ほど見送った。道三は信長勢が持っている長い槍を見て、おもしろくなさそうな顔おして、何も言わずに帰って行った。

道三は信長の印象を家臣に語っている。

途中、茜部というところで、猪子高就(いのこたかなり)が斎藤道三に、「どう見ても信長殿は阿呆でございますな」と言った。道三は「だから無念だ。この道三の息子どもが、必ずあの阿呆の門前に馬をつなぐことになろう」とだけ言った。

(現代語 信長公記 首巻[入京以前] 斎藤道三と会見 より引用)

門前に馬をつなぐことになろう、の意味は家来になるだろうという意味で、道三は自分の息子よりも、帰蝶の婿殿である信長のほうの評価が高かった。

猪子高就は時期は不明であるが、永禄年間に織田信長に仕えるようになった。信長公記に書かれてある道三サイトの様子は、猪子高就の話だと考えられる。

 

 

織田信長と今川義元の戦い

 

今川義元は小河の水野忠政の城を盗るべく村木に砦を築いた。

信長は敵の背後から攻める作戦で出陣しようとしたが、留守中に那古野城を攻められるのを恐れて、舅である道三へ城番の軍勢を派遣してもらうよう依頼の使者を送った。

道三方から天文二十三年(1554)一月十八日、那古野の留守部隊として安藤守就を大将に千人ばかり、それに田宮・甲山・安斎・熊沢・物取新五らを加えて状況を毎日報告するように申し付け出発させた。全員、二十日に尾張に到着した。信長は二十日の日に安藤守就に挨拶した。

信長は翌日に出陣する予定だったが、家老の林秀貞・美作守兄弟が不服を申し立て、林の与力の荒子の前田与十郎の城へ退却した。信長は構わぬと言い、予定通り出陣し、熱田に宿泊した。

二十二日は大嵐だったので、船頭たちは船は出せませんと言ったが、信長は源平合戦で源氏軍は摂津国の渡辺、福島から、四国の八島(屋島)を船で急襲しようとした時に、源義経は梶原景時の逆櫓の案を拒否し出陣した時もこのような嵐だったのだろうと言い、強引に出港した。二十里を半時ばかりで着岸した。その日は野営をさせ信長は小河に行って、水野忠政の息子信元から状況を聞いた。

一月二十四日、村木砦を攻撃。信長は南側より攻めた。信長は堀端に陣取って、鉄砲をとっかえひっかえ撃たせた。織田勢が優勢になると今川勢は降参した。織田勢にも負傷者がだいぶ出たので、信長は今川方の謝罪を聞いて後始末を水野信元に命じた。

信長は本陣に帰って、部下の働きや負傷者・死者のことを想い感涙を流した。

一月二十六日、信長は安藤守就の陣所へ行きこの度の礼を述べた。

二十七日、美濃勢は帰国した。道三は安藤守就から戦の一部始終を聞き、信長は恐るべき男だ、隣国にはいてほしくない男だと、言ったという。

麒麟がくる紀行-聖徳寺跡、村木砦跡

 

聖徳寺跡

信長公記によれば木曽川に面した、聖徳寺で信長と道三は初対面をしたといわれます。この頃は、木曽川の水深は浅く、道三は馬で渡ったと考えられます。

<移転を続けた聖徳寺>

鎌倉時代後期の寛喜年間(1229~1332)、閑善の開山により尾張国大浦(現在の岐阜県羽島市)に創建されたお寺。その後尾張国冨田村(現在の愛知県一宮市)、清洲などを転々とし寛永年間(1624~1644)現在の名古屋市中区錦三丁目に移ったが、平成5年(1993)に現在地の名古屋市天白区へ移転した。

聖徳寺跡の地図(googleマップ活用)

 

村木砦跡

聖徳寺での会見の翌年、今川氏との戦いで村木砦に向かった信長。斎藤道三は留守となった信長の居城、那古野城へ援軍の兵を送ったといわれます。

<村木砦建設の経緯>

天文22年(1553)に駿河の今川義元が尾張を支配しようと考え、緒川城のある隣の村木村の海岸に、砂の丘があることを知り、水野を滅ぼすのにちょうどよい場所があると、砂丘に砦を建設した。

村木砦跡(googleマップ活用)

麒麟がくる 1話~21話

1話 光秀、西へ 光秀、堺と京を訪れるが・・・
2話 道三の罠 籠城をする道三だったがそれにはある策があった・・・
3話 美濃の国 斎藤道三、土岐頼芸のもとを訪れるが・・・
4話 尾張潜入指令 光秀と菊丸が薬草売りを装い尾張に潜伏するが・・・
5話 伊平次を探せ 光秀、鉄砲職人伊平次を探しに京へ行く。
6話 三好長慶襲撃計画 万里小路家連歌の集いで三好長慶が狙われるが・・・
7話 帰蝶の願い 織田信秀が斎藤利政に和睦を申し入れてきたが、それにはある条件があった・・・
8話   同盟のゆくえ 織田と斎藤の同盟は帰蝶の輿入れが条件だった。帰蝶が取った行動とは・・・
9話 信長の失敗 信長は信秀に祝いの品を差し出すのだが・・・
10話 ひとりぼっちの若君 今川義元は織田家の人質竹千代と織田信広の交換条件を突き付けてきた。
11話 将軍の涙 織田家VS今川家。美濃はどうする。
12話 十兵衛の嫁 光秀は煕子と結婚し、母と叔父の光安も大喜びだった。が、稲葉山城からのろしが上がる・・
13話 帰蝶のはかりごと 道三と対面する信長を帰蝶がプロデュースする。
14話 正徳寺の会見 斎藤道三と織田信長は正徳寺で初対面を果たした。
15話 道三、わが父に非(あら)ず 尾張の織田家と美濃の斎藤家で身内同士の暗殺劇が起こる。
16話 大きな国 道三は二人の息子を失った。殺害したのは嫡男の高政であった・・・
17話 長良川の対決 ついに、美濃国内長良川において斎藤親子が激突!
18話 越前へ 新天地越前にたどり着いた明智家の人達   越前一乗谷で、光秀は朝倉義景に謁見する。
19話 信長を暗殺せよ 近江朽木に戦火を逃れていた将軍・足利義輝は三好長慶と和睦し5年ぶりに京に戻った。
20話 家康への文 家康と母・於大の方の感動秘話。
21話 決戦!桶狭間 日本の歴史が変わった運命の一日!