【平家伝説】壇ノ浦の戦い『平家の一杯水』

 

関門海峡は源平合戦の最終戦壇ノ浦の戦いが行われた地であり、

 

様々な史跡伝説が後世に残され物語になっています。

 

関門海峡界隈の源氏平家にまつわる伝説史跡等をここでは紹介して行きたいと思います。

 

今回は、平家の一杯水を紹介しますネ。

 

壇ノ浦の戦いとは

 

壇ノ浦の戦いは、1185年に赤間関壇ノ浦(現在の山口県下関市)で行われた源平合戦最後の戦いです。

 

平家は、1184年2月に一ノ谷の戦いで大敗を喫して海に逃れ、讃岐国屋島と長門国彦島(山口県下関市)に拠点を置いた。

 

1185年2月に義経は奇襲によって屋島を攻略。

 

平氏総大将の平宗盛は安徳天皇を奉じて海上へ逃れて志度に立て籠もったが、

 

そこも義経軍に追われ、瀬戸内海を転々としたのち彦島に拠った。

 

 

壇ノ浦の戦い開戦、

 

平家方は最初は潮流に乗って源氏軍を押し義経を討ち取ろうと攻めかけるが、

 

潮の流れが変わり源氏軍が盛り返して、

 

平家一門は次々と海上へ身を投じたのだった。

 

 

平家の一杯水とは

 

壇ノ浦の古戦場から徒歩で約15分程の所にあります。

 

以前は浜辺の上に祠がポツンと建っていたのですが、

 

祠のすぐ横まで海岸が埋め立てられ、護岸工事が行われ整備されています。

 

階段が作られて下まで降りれるようになっています。

 

 

 

 

壇ノ浦の戦いで深手を負った平家の武将が、命からがら岸に泳ぎ着き水溜まりを発見。

 

のどの渇きを癒そうと飲んでみると美味しい真水だったが、

 

もう一口飲んでみると塩水に変わっていたという伝説が残ってます。

 

名もなき武将の話ですが、この武将がその後どうなったかまでは伝わっていません・・・。

 

 

真水が塩水にかわるなんて・・潮の満ち引きが関係していたのでしょうか?

 

一口目は潮が満ちる(真水に海水が入る)ぎりぎりで、

 

2口目は完全に真水が海水に混ざったと考えられますね。

 

この伝説は真水のありがたさを後世に伝えるためのお話なのかもしれませんね。

 

 

現在は『平家の一杯水』と呼ばれており、碑の近くの渚から湧き出る清水には祠が立てられています。

 

祠からは関門橋が一望できます。

 

 

湧き出る清水は元日の朝に初めて汲む水「若水」として、

 

壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇を祀る赤間神宮の神前に供えられています。

 

 

平家の物語はいろいろな形で後世に生きる人々に伝えられています。

 

 

アクセス

 

関門橋そばの壇ノ浦の古戦場から、徒歩で約15分程です。

海響れすとらんしずかの横にポツンと建っています。

国道沿いなので車を停車することはできません。

 

平家の一杯水の地図(googleマップ活用)